みやうちふみこのブログ

日々の思い こぼれないように 

こい色のホタルブクロ

夕べも、鉛のような鈍い音と振動で目が覚めた。
ベランダに出ると真正面に輝く星が暖かな笑顔を向けているように見えた。
夕べの振動は、なんだか船酔いしたみたい。心地よい冷気に吹かれて葉桜の茂みの方から幼稚なウグイスのさえずりが聞こえてきます。
ベランダ花壇に、ホタルブクロが咲きました。こい色の花です。急に、子供の頃、兄と近所の友達と、田んぼの畦道でわいわいいいながらほたるを追いかけた夜の光景が浮かんできます。蚊帳の中へ放して眠った夕べ。側に、いつも母がいました。朝、あのホタル、どうしたのか、思い出せません。


あ、デデッポッポが鳴いている

金曜日の夜も土曜日の夜も振動&爆音は聞こえなかった

今日は、日曜日。かよちゃんは出勤日。そうそう、お誕生日のプレゼントに会社から「スプーン」をいただいてきたと喜んでいたのに、後で後でで、まだ撮っていない。

昨夜も、以前のようなひどい爆音は聞こえなかったし、振動で目覚めたけれど先ごろとはだいぶ違う。金曜日も静かだった。板谷越さんにお話したことで、和らいだのだろうか。感謝感謝だ。入居して間もないころ、鍵を落として見つからないで、その時も、鍵屋さんを呼んで下さったりお世話になった方だ。そう言えば、初めてお会いした時、鹿児島生まれで10代のころから神奈川県民と仰っていた。あ、これは、全然なに毎とも関係ない話。何日ぶりかの晴れ。10時過ぎてからお布団干して、部屋のお掃除をした。

午後は、「ナナロク社学校、三角みづ紀詩の教室」の「みなさんへの質問」へ、

「回答」するのに、20日の資料から、三角みづ紀先生の詩8編を、読み返し、回答した。最近のことだけれど、いつもの様にピーマンを買ったら、驚き、種無しピーマンだった。

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たね無しピーマン

 

4月5日

疲れている筈なのに、爆音が部屋を揺るがす感じがして体に響いて眠れない。今までもあったけれど今日は最強だ。先週だったか、T病院へ行ったとき、なんだか、部屋が揺れて体の中で血液が血管の中をどくどくん巡っている感じがする時があるのですが、わたしが変なのでしょうか、とN先生にお話したら、部屋は揺れないでしょが、「繊細な人の方が、そう感じるんだよね、。」と言うようなことをおっしゃっていたけれど、先生はこの実態を知らないと思う。昨夜の10時ごろからだんだんその爆音と振動が高まって、、少し前より、今、少しだけ静かになってきた感じだけれど、でも、まだ、身体に響いている。それとも、この爆音と振動を抑えられない建物自体が欠陥なのだろうか。なんだろう。この爆音と振動は。なんであれ、これだけのことが、住民無視でおこなわれて許される訳はない。それともUFO・・。地球が爆発するかもしれない。いつだったか、似たような感じで眠れないでベランダから、音のする方の(今とは違う)空を見ていたら、火の玉みたいなものを見たら、翌朝のテレビでUFOだと報じ
られていたけれど、この、ごわうお~んごわうお~んごわぁお~んという響きも、もしかしてUFO?
まだ、ごわうお〜んごわうお〜んごわぁお〜ん、、。内臓にひびく。

 

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一夜にして衣替え

4月2日、もろもろのこと。

朝起きてまもなく、いつもとお違う感じのめまいがしてきて、朝食後は、起ていられないぐらい身体が重くって、とうとう、夕食を済ませてからも、夕方ごろまで眠ってしまった。Oちゃんがいてくれたから、安心だったのかもしれない。頼んでおいた、かって我が家だったマンション周辺のを写真を長女が送ってくれたのだが、懐かしいと思う写真は1枚だけで、あとは、すっかり記憶からは消えている景色だった。
その周辺に桜があっことも覚えていない。りよちゃんを埋めた公園の松の木のことがふっと、悲しく思い出されただけだった。そんなことを思っていたからだろうか、ふっと、もう、カエルの声が聞こえるころだろうな、と、ひとり言のように声に出して言ったら、側でOちゃんが「どこから?」って聞いてきた。忘れているらしい。Oちゃんの病後、実家に泊まると、カエルの声がうるさいと言い、秋には虫の声がうるさいからと言って、、泊まることを嫌がって、いつも日帰りだった。

わたしには、子守唄に聞こえることも、彼女には雑音・・・(笑)それを苦痛だと理解するのには、笑い話に転換することが必需だった。同じだけれど、同じじゃない。それが彼女の個性と認めることで我が家は平穏、何よりも、彼女のくつろげる居場所でなければならない、と思っている。あと、何年もない。そんな暮らしが、それからの彼女の心の支えになってくれると信じたい。

熊本から、タケノコをいただいた。ゼンマイや梅干しやはりはり大根用の大根や高菜の漬物など。梅干し以外は、この数年、慎んできた食べ物ばかりだけれど、食べたくなって、無理を言ってしまった。

それから、昨日はWさんから、またちょっと伸びすぎた「のらぼう」と言う青菜をいただいた。伸びた茎が甘くって、美味しい。その前は、鎌倉のおみやげをいただいたりして恐縮なり。お一人さまは、時には寂しくとも優雅に映る。ここも、だんだん変わっていくのかもしれない。

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ベランダから見た遠景



詩と思想4月号(詩作品・私詩掲載誌)

 

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詩と思想4月号・2021(詩作品・私詩掲載誌)

この頃よく本が届く。注文した事さえ忘れている本もあったりして、帰りに郵便受けから取ってきてくれるOちゃんには、「また、お母さんの本だよ。」と言われる。そのたびに、なんだか後ろめたさを感じるのはどうしてだろう。昨日も、また、2通の書籍入り封筒を抱えるようにして帰ってきた。年間継続購読を申し込んでいる、「月刊誌、詩と思想」が土曜出版販売から届くのは毎月28日。手にして、あ今月も残り少ないことをかみしめるのだけれど、2通とも、「詩と思想」とあるので、夕食の支度をしていたので、Oちゃんに中身を確かめてもらうと、2通とも同じ、詩と思想4月号だった。「なんかの、間違いかも。」そう言って、キッチンに立っていると、背後から、「お母さんの名まえ、全部ひらがななんだね、」と、Oちゃんがいうので、「え、漢字で書いてあるじゃない」とわたしは封筒の宛名を見て言いいながら、、ふっと、彼女の手元を見ると、ページが繰られていた。そこまで辿って、やっと、詩と思想と2通の封筒が届いたわけが理解できた。
以前は、今月号に、わたしの詩が載る時はなどは、届くのをとても楽しみにしていた筈なのに、原稿に向かっている時の、真剣さはわすれて、なんとなく、そうすることに惰性になっていることに苦笑しながら、次々と問うてくるOちゃんの問いに答えた。

「ここに載せてもらうのには、お金がいるの?」「いいえ」「じゃ、載せてください。って、お願いするの?」「ううん、載せて下さいませんか、みたいな、お誘いがあるの。でも、まだ原稿料はお支払いできません、から、掲載詩を一冊お送りします。と言うこと。いわば、その一冊が、原稿料ということかなぁ。」なんとなく納得したらく、「ふ~ん」そんな顔をしながら、わたしのおやつだった、リンゴジャムをのせたクラッカーを食べ始めた。

 

「いまきみがきみであることを」1冊2200円+220=2420円

株)書肆侃々房 福岡銀行博多駅前支店 指定口座へ、三菱UFJBKより振り込む。

郵便局へ。お散歩お花見

今日のような日を、花曇りと言うのだろうか。
サクラの花も花曇り色に見えた。

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お散歩お花見花曇り
注文しておいた 「冬の蝉 坂井艶司と「満州詩」の時代 坂井信夫 」が土曜出版販売から届いたのは昨日。午前中、代金、2700円を、郵便局へ振り込みに行ってきた。歩くのが大変な時は、銀行振り込みにしていたけれど、 赤字財政に近いこの頃は、お散歩かねて、振り込み料金のかからない、郵便局へ足を運ぶ事にした。おかしくなる。
ぶらぶら歩きながら、ウグイスの声に耳を傾けていたら菜の花の咲く向こうの土手に、菫が一面に咲いているのを見つけて子供の頃の我が家のまわりの光景に出会ったようななつかしさに、しばし見とれてしまった。

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スミレ
反対側には、枝垂れ桜と桃色に染まった花海棠が咲き乱れて、あいにくの花曇りだったけれどお花見気分を満喫した。花の前で人に出合うと、知らず知らず花を眺め合いながら言葉を交わしたりする。花の取り持つ縁とでも言うのだろうか。そういえば、我が家に通じる入り口近くの花壇に石楠花と沈丁花が植えられていた。最近1階に越していらしたWさん(?)が、植えたのかしら。
もう、ヤマザクラ枝は新緑に染まっていた。
「冬の蝉 坂井艶司と「満州詩」の時代 」の著者が、隣町の方とは、又偶然。これもまた、何かのご縁かと、勝手に思う。400ページにも及ぶ一冊。年度末のあれこれを過ぎてから、ゆとりのあるとき、拝読しよう。

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冬の蝉・坂井艶司と「満州詩」の時代・坂井信夫

ナナロク社の学校・三角みづ紀詩の教室 第1回目。

 11月26日(午後7時~8時30分~40分)

お夕飯は、カレー。

Kayoちゃんの休日なので、一緒に早めの夕食を済ませ

15分ぐらい前にはパソコンの前にスタンバイする予定が、その日は、お昼寝の時間もなく、なんとく過ごしてしまって、6時ごろ夕食を済ませてから、ちょっと、眠るね、と言ったものの、なんとく用事が出来て、休息に入ったのが6時30分すぎ。「45分になったら起こしてよ」といって横になったら、15分は、あっという間に過ぎて、5分前までにはオンライン可能状態にしたいと思いつつ、トイレだ飲み物、などと、寸前まであわただしいことったらなかった。それでも5分前にはスタンバイ完了。こうして、ナナロク社の村井さんの先導で開始された第1回三角み紀詩の教室の受講を迎えることができた。今回、2回目なのだけれど、前回のことはあまり記憶にはない。詩を学ぶ、新たな気持ちで、計5回来年1月28日最後の受講日を迎えたいと思う。2月7日が最終となる5回目の詩の投稿締め切り日。2がつ下旬ごろ、講師である三角みづ紀さんより、詩の助言が届いて、終了となる。予定。そのころまでに、今、東京で500人余り札幌で・・・・と発表されているコロナ感染宣言に終息を迎えることができるだろうか。

前回の初回の時とは違って、三角さんも落ち着いていた。それは、準備万端整えている

自信からのようにも見受けられる。とうの受講生であるあなたはどうだったろうか、と

問うてみると、復讐、ではなくて復習がこれからの成果を左右すること間違いはない。