みやうちふみこのブログ

日々の思い こぼれないように 

新盆

今年は、一番年上の従兄(茂木昭一)の新盆。昭和元年生まれなので、昭一。この夏越せるかどうか、と聞いたころは、わたしの体調がすぐれず 電車、高速バスを乗り継いで出かけるには、不安があった。葬儀の頃はコロナで初めて出された自粛宣言で、東京方面からはご遠慮くださいのお達し。そして迎えた新盆、その頃以上にコロナの勢いは増強、片田舎ほど恐れられている。でも、わたしワクチン接種しているし、義姉も済んだらしいしと、甘い考えで実家の義姉に宿泊を願い出て、断られた。ならば、母の実家由直接行くわよ、と偉ぶってはみたものの、実を言えば、もう以前に、花子さんからは、自粛、ごめんなさい。と伝え聞いてはいた。ので、せめてお花でもと思い、頼んでおいたお花が、届いたとの電話を、昭一さんの息子の昭栄君から貰った。会ったのは、彼のお母さんのお葬式以来だからもう4-5年前のことになる。彼は、容姿は私の祖父そっくりで父親の昭一さんにはとても似ていない。それなのに、電話で話していると、電話の向こうで話しているのは、昭一さんとそっくりで、ぞぞっとしてから、とても懐かしい気持ちになって涙が出てしまった。反対に、俺は、昭栄だぞ、と主張する風にも聞こえたけれど、これぞ、遺伝の象徴だと思った。盆棚どうした?って聞いたら、作ったよ!って言っていたけれど、キュウリとナスのお馬さんも準備しただろうか。
夜になって、唐橋に住む、かって石山団地で子育てしたいた頃の友人Oさんとも電話で話した。彼女の所でも、突然な亡くなられたご主人の新盆を迎える。やはりお花を届けていただいた。まだ、お互いの子がお砂場で遊ぶころからの交流。と言っても、お互いに忘れた頃に、ご無沙汰、お元気だった。が合言葉のような関係だけれど、急所は保たれているように思う。
ずっと以前からの知り合いと話すことが、こころは落ち着かせ、安心できる。今、その気配が感じれれ、その気持ちがとてもよくわかる。話していると、お互いに電話線を手繰り寄せ話している感じ。感じながら、句点を打つ頃合いを見極める。勝ってなのだ。あれからのお友達で十分な時と、もっとあふれるように昔話の分かり合えるころの友達を欲すようになるときがある。今、それが分かり合えるといううことは、不幸にも似たような体験をしたから。似たような体験をしたから誰でもいいわけではないことも、しっかり確認できた。わたしの失った昔を彼女は知らない。でも、私は、彼女の失った昔、家族を知っている。そのころの私を、家族を彼女は知っている。そのことがより大切なのだと思う。

今、彼女の話すことを、わが身に置き換えて、耳を傾けうなずいてあげられるようになれたから、会って話そうね!そんな言葉があふれたのだと思う。


偶然だけれど、昨日オンライン講座で受けた、(今だけ無料の)今、なぜホメオパシーなのか?の入門、で得たことなのだが、
似たものが似たものを話す。似たものを似たものが話す。
ことによってカウセリングや抗うつ剤をのんでも回復しない体(こころ)が回復すると言うお話、とても頷けた。

 

 

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母のそばにあった雑誌、時々求める。